能力開発工学、教育−なんでもQ&A
Q1
 説明すればわかるし、わざわざやらせなくともいいのではないか? 講義は効率がいい? できなくても、わかるだけでも教育ではないか?

A1
 一般に説明によって話すこと、書くことは、知識と言ってよいでしょう。ものの成り立ちや、状況、やり方を言葉や文字、図にして、伝えようというものです。言葉、文字、図などは説明する人がそれまでに経験した事柄を、音や字、絵にして表現したものです。その表現したものを受け取っても、経験が伝わったわけでは無いのです。このことを知っておく必要があります。

 言葉や文字、図などの目から、耳からの刺激によって受け取る人が過去に経験したことは、よみがえりますが、経験の無いことを言葉で聞いても刺激にならないのです。

 例えば、教師が子どもに「高い山の上は寒い」という言葉を話をしたとすると、この言葉は簡単ですぐに伝わると考えられますね。言葉として伝わったかどうかは、テストをして「言わせる」「書かせる」ことをすればわかります。
 ところが、説明した教師が行った山は高山で、夏でも寒いということを経験していたとしても、その説明を聞いた子供は数百メートルの山しか昇ったことが無ければ、その言葉はそのまま経験を思い起こすことにはならないのです。子どもは、「先生の言うことは、おかしい。自分はそうは思わない」と感じることでしょう。子どもは、寒いという経験があれば、それを結びつけようとするが、本質的に高山の経験をしたわけではないのです。これで果たして知識が伝わったと言えるでしょうか? 知識が身に付いたというのは、話をを聞いた人?が、高山に行くときに、自分から防寒着をもって行けるようになるか?どうかということが問題になるでしょう。

 「説明では行動が変わるところは必要としていない」という考えの人が多いのですが、知識を伝達したところでおしまいなのが、これまでの教育と言ってもいいでしょう。できるか、できないかは本人の問題ということでしょうか。このことと、できるようにするのが教育ということとは、目標が異なると考えておくべきでしょう。

 「説明を聞いて、いつか思い出して出来ればいいのであって、それが教育だ」という考えもありますが、脳にとって聴覚だけ、視覚だけの記憶では記憶されにくく、しばらくすると忘れてしまうことが多いようです。

 とすると、「説明、講義は短い時間で、多量の人間に伝達ができるので、効率がよい」と言われるが、何をもって教育の目的が達したことになるのでしょうか? 「逆に効果はうすい?」とも言えないでしょうか? もちろん、説明、講義を聞いて、すぐにやってみることになれば効果がある?場合も多いと思います。

 説明、講義に掛けたエネルギーは無駄になっていないかどうか、検証してみる必要がありそうですね。

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