能力開発ニュース47号 1998. 9.16発行
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電気・シーケンス制御学習実践レポート
          聴覚障害生徒の就労促進教育

        神奈川県立平塚ろう学校教諭 高橋 義雄、中村 光慶

1.産業界が求める電気知識をどう教えるか ―取り組みのきっかけ
 本校には聴覚に障害のある幼児・児童・生徒が在籍し、多くの生徒は幼稚部に入学してから高等部卒業まで本校で学びます。また高等部には本科(3年間)の後、専攻科(2年間)が設置されており、高等部の生徒は一般の教科の他に産業工芸科・被服科・理容科・印刷科の4科のそれぞれの職業科目を5年間学び卒業していきます。

 本校の卒業生の多くは神奈川県内の主に電気・機械・自動車製造業の企業に就職していますが、近年県内にある大手製造業の企業では生産現場の地方や海外への移転で、従来のように聴覚障害者が技能職として働く現場が減少しつつあります。またすでに雇用されている聴覚障害者にも職種の転換を求めている企業もあり、新規の採用もより高い能力の人を求めて筑波技術短期大学(聴覚障害者のための3年制短期大学)等からの採用をすすめている企業も増えてきています。本校の卒業生は電気・機械製造業に多く就職していますが、電気に関する学習は理科の授業程度で、それも目に見えない電気の学習は生徒にとっては特に理解が難しい学習です。しかし今後、電気・機械関係の企業に就職する卒業生には基礎的な電気の知識は必要になると感じていました。

 このような状況を感じつつある時、松下電池工業(茅ヶ崎市)の採用担当の方から能開センターの「電気・シーケンス制御学習」を紹介していただきました。平成8年2月のことです。たまたまその年、神奈川県教育委員会が文部省の「盲学校、聾学校及び養護学校就業促進に関する研究事業」を委嘱されることになり、その一環として予算をつけてもらえそうであることから、さっそく松下電池工業の研修施設「テクノ道場」を見学し、教材導入への動きが始まりました。この学習教材が実際に手を動かし、試行錯誤しながら自主的に学習を進めるという方式を採っていることに大変興味を抱きました。ろう学校はとかく教師の手が届きやすく、教えすぎる傾向があります。生徒自らが学習していける教材は今後、ろう学校として職業教育の分野だけでなく様々な教科で検討すべき教材だろうと考えています。

2.ろう学生向けに教材を改訂 ―導入までの経過
 教材導入に向け、まず担当職員3名が夏休みにセンターの「電気・シーケンス制御技術セミナー」を受講し、その後センターの職員の指導でろう学校の生徒用に教材を改訂する作業にとりかかりました。ろう学校対応版の開発にあたっては次のようなことを検討し、改訂版を作成しました。
 @学習目標を、当面就職のために電気の基礎を理解し、機械(バスの降車スイッチ等)制御の原理が分かる程度とする。
 A学習の導入教材として身近な電気制御のモデルを検討する。避ける等の工夫をする。また電気の重要な概念、専門用語を定着さ  せる内容をワークブックに盛込む。
 Bテキストについてろう学校の生徒に分かりやすいように、文章を短くする、曖昧な表現を避けるなどの工夫をする。
 C言葉による学習指導の不足を補うため具体的な補助教材を工夫する。(リレーの分解モデル、リミットスイッチの透明モデル等)
 D学習者が考えていることを他の学習者や指導者に伝えやすい手段、道具を工夫する。(スイッチのON,OFFの状態や回路に流れる電流の動きをパソコン画面上でシミュレーシ  ョン表示する等)

 上記のような準備をした上で、平成9年4月から実施しました。

3.目標と学習内容
 (1) 目標
  1)シリンダ、タイマー、カウンター、リレー、電磁弁等を用いたシリンダのシーケンス制御回路を学習者自身で考えて回路図を書き、その回路図にそって各パーツの結線ができ   るようになること。
  2)学習者自ら失敗を恐れず行動し、自分のペースで試行錯誤しながら学ぶことで、自主的行動学習の習慣を身に付けさせること。
 (2) 学習時期と単位数
   生徒は全く電気の知識がないといってもよいくらいなので、かなり余裕を見込んだ時間をとっている。
    ・専攻科1年 電気基礎T(1単位) ・専攻科2年 電気基礎U(2単位)
 (3) 学習内容

    電気基礎T(1単位)
    電気による制御の基礎   
@電源の種類と電圧
A電流について
Bテスターの使い方
Cランプをつける回路
Dスイッチの種類とその働き
Eリレーの働きと構造
Fリレーとランプを使った回路
Gリレーを使った自己保持回路
H総復習

                    
    電気基礎U(2単位)
リレーを使用した回路の制御 
@自己保持回路とランプ
A自己保持回路の仕組み
B自己保持回路の解除方法
C自己保持回路の応用学習      
 (バス模型の降車ランプ回路)
Dタイマー回路と自己保持回路 
Eカウンター回路と自己保持回路
Fリレーを応用した電子機器の製作
シリンダを用いたシーケンス制御の基礎
@シリンダの仕組み
Aエアーコンプレッサと電磁弁の仕組み
Bシリンダの基本制御回路
Cシリンダと自己保持回路
Dシリンダとタイマー回路
Eシリンダとカウンター回路
Fシリンダのシーケンス制御回路
Gシーケンス制御を応用した電気機械の製作
H総復習

      
4.生徒の様子
 初年度(H9年度)は、試行ということで専攻科1,2年の産業工芸科、印刷科の男子グループ3名、印刷科の女子生徒グループ3名がこの学習の自己保持回路のところまで学習しました。
 最初はテキストが難しくて取り組みにくそうでしたが、学習が進むに従って、グループ内で協力して進めるようになりました。
 電流は目で見ることができないので、どの方向に流れているか分からず、負荷とスイッチの結線方法を間違って回路をショートさせてしまうこともありました。また、リレーの構造と働きがよく理解できないためリレー回路をショートさせてしまうことも度々でした。中でも自己保持回路の結線の場合はリレーやスイッチの結線方法を間違ってショートさせてしまうことがかなり多い(20数回)。そこでリレー回路が自己保持する時の電流の流れ方をパソコンの画面上でシミュレーションして見せて理解させるよう工夫しました。
 バス模型を使った自己保持回路の学習では、生徒自身で結線しますので、ランプの点滅ができたときは非常に満足そうでした。特に男子グループには、バス模型での学習が人気があり、面白そうに積極的に取り組んでいました。

 今年度(H10年4月から)は、産業工芸科の専1,2年の生徒各1名がこの学習に取り組んでます。生徒の実態としては、今年度から始めた専1の生徒は電気に直流と交流の区別があることさえ知らず、また、電圧(ボルト)、電流(ミリアンペア)の意味も知らないという状況です。
 そのような生徒にとって、ランプ回路の電圧や電流をテスターで測定する時、接点をどこにするか、+と−の向きをどうするのか等、テスターの取扱い方はかなり難しいようです。また、特に難しかったのは、テスターのレンジを変えるたびに目盛の単位や数値が変化するため、値の目盛を読み取ることです。値を読み取れるようになるには、かなり練習が必要と思われます。
 テキストは、できるだけやさしい短い文章で表現してあるものの、専1の生徒のように電気の基礎的知識が全くない生徒にとっては読みこなすのがかなり難しそうです。
 しかし、専2の生徒は昨年から学習しているのでテキストを見て自分で学習できるようになっています。シリンダ制御の学習では、生徒自身でシリンダやリレーを使った制御回路を考えて組み立て結線することができるようになってきました。(H10年7月現在)

5.今後の抱負
 この学習では、わからないことを生徒同士で考え話し合って学習を進めるという場面がよく見られます。他の作業学習や教科学習ではこのような場面はなかなか見らません。こういう生徒自身に自主的に学習しようとする意欲・姿勢が見られることが、この学習の最大の効果だと思っています。特に今年度は、こうした姿勢が他の学習にも良い影響を与えていると思えます。ぜひ、今後も続けたいと考えています。
 今後の課題としては、今年度は教科の単位数や、時間割の関係で産業工芸科以外の科では、この学習をする機会が持てませんでしたが、電気・機械の製造業に就職希望する生徒には何らかの形で学習させられるよう調整していきたいと思います。
 学習システムについても、より生徒の実態に合ったテキストやワークブックにするよう内容をさらに検討していきたいと思っています。

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