能力開発ニュース50号1999.6.18発行
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東洋的新次元の発見

              能力開発工学センター理事 奥田 健二

先端科学に通ずる東洋思想
 「ライフサイエンスと東洋思想」を中心テーマとするアジア科学技術会議主催のシンポジウムが去る6月1日に開催された。アジア各国の科学者が一堂に集まって、生命科学や環境科学などの最近の動向について討議をした結果、ほぼ共通の認識として確認されたことは、これらの新しい科学の領域には東洋的な生命観が色濃く反映されてくるということだったという。
 たとえば、今世紀最大の発見の一つとされているものに、デオキシリボ核酸(DNA)がある。このDNAに全ての遺伝情報が書き込まれているという事実は、人間だけではなく、あらゆる生物について共通の現象だということは、既に周知のこととなっている。そして、この発見には、全ての生物を同列に扱う東洋的な考え方に通じるものがあるというのである。

キリスト教は人間中心的
 一方、西洋を代表するキリスト教の見方には偏った人間中心主義があるように筆者には思われる。旧約聖書創世記の第1章28節は、「海の魚、空の鳥、地の上をはう生き物をすべて支配せよ」と神が人間に命じたとしている。人間を支配者の地位においているのだ。

道教の見方
 さて、これに対し道教では人間と他の生物との関係をどのように捉えようとしているのだろうか。たとえば、『荘子』の「応帝王」(帝王たるものの応にあるべき道)編において、「食豕如食人」(をうこと人を食うがごとくす)と述べ、豚を養う場合でも人間同様に扱い、一切の差別をしないあり方を説いている。また、「斉物論」(万物はすべてしい)と題する編において、「人間は湿地で暮らしていると中風にかかって半身不随になってしまうが、ドジョウはどうだ。また、人間は立木の枝に座らされればびくびくして震え通しだが、猿はどうだろう。この三者の住みかについて、優劣の段階をつけることができるだろうか。」(岸 陽子訳『荘子』徳間書店刊より引用)とも述べている。

日本の浄土真宗の見方
 このような全ての生物を平等視する見方は、日本の社会においても人々の間に広く浸透していたといってよいだろう。浄土真宗では、在俗の篤信者に妙好人という名称を付して一般の信徒の手本としてたたえるという慣行があったが、その妙好人の一人に因幡の国の源左(1842〜1930)という農夫がいた。彼は毎日々々牛と共に働いたが、夕刻家に帰るとまず牛を洗ってやり、牛に夕食を食べさせ、その後に自分の手足を洗うのであるが、その間彼は牛を一人の対等な人間のように扱っていたというのである。たとえば朝出かけるときは、今日はどういう仕事をするのだとか、一日の仕事が終われば「ありがとう、ご苦労さんだった」というように挨拶をしていたのである。その結果、牛も源左と心を通わせるようになっていたというのである。周囲の村々に、飼い主の言葉に従わず気の荒い牛がいる場合、源左のところに預けると、皆おとなしく温厚な性質の牛に一変したという話が今日まで伝えられているのも面白い。人間と人間以外の生物とを全く平等視する東洋の思想は21世紀に益々影響力を発揮することとなるだろう。
 詩人の高村光太郎が「東洋的新次元の発見は必ず来る」と詩集『典型』の中で、高らかに謳っている。ちょうど50年前に書かれた詩である。先見の明に驚かされるではないか。 (アジア経営研究所々長、元NKK理事教育部長)

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