能力開発ニュース50号1999.6.18発行
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「教育革新の思想・テクノロジー・展開」(矢口 新 選集)に寄せてE

          JADECビジネスディレクター 山口 幸次 

矢口 新 選集は、今年書かれた書物であると言われても全く違和感を感じない内容であり、言い換えれば、取りあげられている問題のほとんどがまだこの国で未解決になったままである証拠であると言えるかもしれない。この書物は、7巻のすべてが、その本性や本質のつかみ所のない人間に面と向かって取り組み、人間の育成はどうするのかということ、人間同士が共生する社会では人間のやることは何一つとして他人事ではない、という人間と社会についての洞察と啓蒙で貫かれており、矢口 新 氏の理論と信念の集約した魂の勇躍の書であり教えられることばかりである。

 どこからか只でもらったような自分が、気がつくと新入りとしてこの社会に現れたとき、社会は既にあって大勢の人が住んでいた。我々がそこで短い一生を終えて社会から去った後も、次々と生まれる新入者で永劫に営まれるだろう。社会は過去の住人、現在の住人、そして未来の住人が共有する、時代と個人を超越した人間の共通の世界である。従って社会は、人間の生きていくための基本条件である。ローマ人の言葉で“生きる”というのは“人々の中にいる”という意味があり、“死ぬ”というのは“人々の中にいることを止める”という意味があるそうである。

 人間の姿というのは他人にははっきりと見られているその正体が、本人には分かっていないというのが普通である。結局、人は自分を知るのに他人が必要であり他人というミラーしかないのである。一人で自己追求や自己分析をしても、そこから生まれるのは逆説的虚栄と感傷の場合が多いようである。新しい能力を育むのは、他人との関わりが必要であり、ある場を設定し、テーマを持ち触知できるものや物事を介して、真剣に他人との間に主体的に積極的に関わる行動によって、まず自分の姿が如実に露呈することが期待される。中には天分や才能、欠陥など本人の気づかぬ隠れた特質が表れる場合もある。しかしその時点で本人はそのことに気づかない。

 設定されたその場では違った立場の他人同士が面と向かい合って同じもの、同じ物事をあらゆる側面・角度から見て、見られて、聞いて、聞かれて、お互いの意志・意図が葛藤する現場(リアリティ)となる。企業内でその気になればいくらでも設定できる場面である。

 プラグマティック(pragmatic)に言えば、人間は自分がつくるものだけが理解でき、自分が経験することだけしか分からない、と言われる。多くの行動が多くの理解を生むのである。
 最近、饒舌家が増えたが理論的だとか理路整然という言葉に惑わされて、真実と勘違いしてはいけないと思う。真実があるのは実証できる自然科学・科学技術の理論の中である。
 しかし、自然科学と社会現象とのタイムラグが大きくなりすぎた現象が起こっている。科学技術者はますます先鋭化してきている。彼らが世界のどこかでクローン人間をつくらないという保証はどこにもない。それをくい止める一流の政治家はどこにいるのか。21世紀の課題は人類にとって切実度がいっそう高くなりそうである。そこの住人には、真実を見抜く力が必要である。
教育革新の思想・テクノロジー・展開
矢口 新 選集(全7巻)
第1巻 教育革新への提言
−脳科学を土台にした行動形成−
第2巻 能力開発のシステム
第3巻 探究的行動力を育てる学習システム
第4巻 コンピュータリテラシー教育の提唱
     教育へのコンピュータ利用の研究
第5巻 創造する心・技術の形成
第6巻 生きがいに挑戦する人間の育成
別 巻 地域教育計画とその展開
      −富山県における実践−
頒布価格 20,000円(送料、税別)
*能力開発工学の創始者 矢口 新(前所長、故人)の著作集

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