能力開発ニュース51号2000.4.28発行
能力開発ニュースのページ  JADEC-TOPページ

「教育立国」は学校の再生から

             能力開発工学センター事務局長 小沢 秀子

 小渕前首相が、施政の重点目標として「教育立国」をかかげ、種々の施策を行ってきたことは、皆様ご承知の通りで、関連して発足させた『教育改革国民会議』も既に活動を開始した。森首相もこれを継続推進するとしている。
 「教育立国」の提唱は、小渕氏の「今年生まれた子どもたちがやがて大人になったとき、日本という国家は世界から確固たる尊敬を得られるようになっているだろうか」という心配、そのためには人間を育てることが何よりも重要だ、という認識によるものである。

●世界から尊敬を得られる日本、そのための人間教育を
 この提唱に恐らく多くの人は賛成するだろう。かつて日本は「顔のない巨人」といわれ、生産力や経済力はあるが、思想や哲学がはっきりしない国民とされている。この汚名をすすぐには、日本人が一個の人間として世界の人々から愛され必要とされる人間にならなければならないわけで、教育もそうした人間を育てる必要があるというのは、かねがね私も強く感じていることである。小渕構想はこれを「単に教育制度を見直すだけでなく、社会の在り方まで含めた抜本的な教育改革」によって実現したいということで、『会議』ではそのための根本的議論を国民的広がりで行うという。教育の改革に腐心している一人として大いに応援したい。
 そこで、愛される、魅力ある人間を育てるにはどうしたらよいか、ということになる。いろいろあろうが、人間を育てる方法論について研究開発を行なってきた経験から言わせてもらえば、教育活動の中核現場である『授業』に科学のメスを入れることを強調したい。

●鍵は授業の転換−「言葉」から「行動」へ
 授業の中核は「言葉」ではなく、「行動」に変わらなければならない。
 第一に、生徒たちの活動である。生徒たちは先生の話を聞いたり、教科書を読んだりして理解するのではなく、自分で対象にぶつかって実験し、考え、調べ、グループで協同したり、協議したりして、問題解決に当たる。もちろん教室の外での活動もある。生徒たちが自分で考え、調べて、判断する、という自主的な活動になる必要がある。
 なぜなら、自主的に行動することで意欲ややる気といったものが育つからである。友だちと一緒に行動することで人への思いやりが育つ。自然や社会に働きかけ、それらに受け入れられたり、反発されたりすることで正義を貫く強い心も育つ。やさしい心も強い精神も、言葉では育てられないものであることを悟るべきである。
 第二に、教材が変わらなければならない。現在、教材の主役は、言葉で説明された知識が詰まった教科書であるが、これは生徒が自主的に考えたり、調べたりするには、全く不適当である。生徒が働きかける対象であるさまざまな具体物と、生徒の自発的行動を促すようにプログラムされたテキストが現在の教科書に代わらなければならない。
 それらは、生徒がつかむべき目標能力は何か、それをどういう行動を積み上げて自分のものとして行くのかを設計した学習のためのプログラムに従って作られた教材群とテキストである。いわば学習のための「場」を準備する、ということなのである。そのような「場」があってこそ、生徒たちは、自由で自主的な活動を通じて、社会が必要とする能力、つまり学習目標を身につけることができる。
 これら教材の集まりを「学習システム」と呼んでいるが、授業が変わるためには、さまざまな学習目標について「学習システム」を開発しなければならない。「学習システム」という言葉は、まだ余り一般的ではないが、目標を明確にすること、目標に到達する段階を明確にすることによって、すべての生徒が一人残らず学ぶことのできる学習のプログラムである。それを設計するには、脳行動学に基づいた科学的な方法論が既に開発されている。
 文部省は新たに施行予定の学習指導要領で「総合的学習の時間」を設定し、そこでは生徒の自主性を十分に尊重した学習を展開すべきとしている。今、全国各地の学校でさまざまな先進的取り組みが行われており、そうした方向は大いに進めるべきと思う。しかし、それをもっと確実で力あるものにするには、学習の「場」、すなわち「学習システム」が必要である。

●学校の再生を担う者は、専門能力をもった教師たち
 最後に、そして最も重要なことは、教師の役割の転換である。教師は「教える」立場から、「行動の場をつくる」立場に変わる。学習において主役はあくまで生徒であり、教師は援助者となる。教師はマスを相手に話をする、或いはやってみせるのではなく、行動する生徒たちの間を循環して、一人一人の行動を観察・診断し、一人一人に合った援助をする、という役割に変わらなければならない。従って教師は、生徒一人一人の頭の働きと心の動きを読み取る能力を高めなければ勤まらない。情熱はもちろん必要だが、さらに人間の脳の働きに対する科学の目をもつことで強力な指導力を発揮することになる。
 教師には、学習の場において「行動の場をつくる」ことに加えて、前述の「学習システム」を開発する能力が必要となる。これは前もって「学習の場を設計しておく」ことである。「学習システム」の開発には、学習システム設計者というべき専門家もいないわけではないが、開発の主役は、生徒の状況を知り尽くしている教師が望ましいだろう。専門家の援助を得て教師が開発するという体制が望ましい。というのは、開発の仕事を通じて、教師は、生徒の能力や心の動きを読み取る力を磨くことができ、従って学習指導の力を格段にのばすことができるからである。
 ともあれ、教師たちはこれら二つの能力をもつことで人間を育てるという営みに科学的にアプローチすることが可能になる。我々のセンターでは30年来「学習システム設計者養成セミナー」というものを実施してきたが、これは教師のための入門コースでもある。

● 「学習システム開発センター」の設立を
 こうした転換を現実のものにするには、「学習システム開発センター」というべき機関が必要になってくる。全国の都道府県、市町村に新たに「学習システム」を開発するためのセンターを設ける必要があるだろう。仮に、教師は現在の数の2倍に増やして、半数ずつが、センターでの「学習システム」開発と学校での学習指導という二つの仕事を分担する。そして3〜5年の周期で交替する、というような体制である。それができれば、学校の再生も夢ではない。
 昨年12月に、首相直属のタスクフォースが、2005年を目標としてコンピュータ・インターネット等を道具として最大限活用すること、そのために小中高等学校で教育の情報化を全国的に実現しようとの報告を提出したが、そこで打ち出されている目標は「すべての学校」の「すべての教室」において、「すべての教員」が「すべての授業」にコンピュータ・インターネット等を活用するというものである。かつてない強力な通信手段が教具として教室に入ってくるのである。教師をはじめ教育に関わるものは、生徒たちになにをどのように学ばせるかということについての今まで以上の確たる展望をもつ必要に迫られているのであり、それにはすべての教師が「学習システム」の開発という作業に携わること、を提案したい。

● おわりに
 我々はこれまで、数十種の「学習システム」を開発し、学習実践にも当たって来た。本紙に紹介されている横浜市立商業高等学校の理容別科も導入校の一つである。すでに20年を経ているが、「学習システム」を活用して自主的学習を実現している。ご一読ください。

能力開発ニュースのページ  JADEC-TOPページ