能力開発ニュース51号2000.4.28発行
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<能力開発研究会報告>
シミュレータ学習によって育つ自主的学習姿勢
       −横浜市立商業高校理容別科の教育を事例に

        能力開発工学センター主任研究員 叶内 盈子

これから仕事に就く若者や既に仕事をしている若い人々をどのように育てていくか。価値観の多様化、グローバル化といった社会的変化があり、また、少子化・核家族化、物質的に恵まれている中で育ち、与えられることに慣れ、苦労や努力を好まない、などといわれるように、若者の気質も変化してきている。様々な社会的変化に対応して、若い人々を育てていく必要に迫られている。個性的でしかも自主的な行動力、そして他人とのコミュニケーション能力をもち、新しいことへ挑戦できる若い人々をどのように育てるかが、強く求められている。

 そこで、高校の理容・美容技術者を育てる場で、生徒の自主的な活動を育てることを長くつづけ、注目を集めている「横浜市立商業高校(Y校)理容別科における自主的学習姿勢の育成」を材料に、学習者の意欲ある学習をどのように育てるかについて、研究会を企画した。
 研究会は、99年12月1日、横浜市立商業高校別科(横浜市磯子区)にて、いくつかの授業を見学、その後話し合いを行った。参加者は、企業からは松下電池工業株式会社で製造社員の研修を担当している方、平塚ろう学校で職業教育を担当している教師たち、それに能力開発工学センター所員ら合わせて7名。理容科からは、教頭先生を始め、7人の先生方全員が参加してくださった。また、先生方のご好意により、授業見学や生徒への質問などは自由にどうぞ、ありのままに見てくださいという、見学者にとっては大変ありがたいめったにない時間となった。


■横浜市立商業高校別科はどんなところ?
 別科は理容科と美容科からなり、生徒数は各科90名。1941年(昭和16年)に理容科前身の青年学校男子理容科として設置され、その後1946年に美容科設置。高校といっても当初は1年制であったが、1996年より2年制となる。また入学資格も一応高卒以上となった(しかし中学卒も受け入れている)。高校というより実質は専門学校に近い。今年の生徒は、大部分が高校新卒だが、中卒もいれば(一人だが)、大学卒もいる。また定年退職後に入校した65才の人もいる。
 教員は全員が卒業生、つまり生徒の先輩でもある。
 理容科では1974年以来、カッティングについては「シミュレータ学習」方式を採用している。
「シミュレータ学習」方式とは、通常は講義と実習という形式で行われる授業を、一体化したものである。ただ統合したばかりでなく、「学習者主体」の学習で、従来の先生中心スタイルから180度転換したものだ。
 教材として、プラスチック製の頭、その頭にとりつけて使う各種の毛髪シミュレータ(部分毛)、スライド、ビデオが準備されている。(これらは、理容美容教育センターの依頼で能力開発工学センターが開発した「学習システム」である。)
 スライドでは、課題と練習の仕方が示され、ビデオでは、目標の姿がベテランがモデルになって具体的な行動として示されている。
また、学習は小グループで、自主的に上記の教材を使って進めていく。先生は、生徒の様子を見て、必要があれば加わる。現在は、生徒10人に1人の割合で先生がついている。


■自主的に学ぶようになるのはどういうことか
 
「あいさつがいい。気持ちよくやっている」「明るいし、友達同士の関係もいい」「生徒も先生も生き生きしている」などなど。この雰囲気の良さは参加者誰もが感じたようだ。何回も訪れている我々だが、その都度すがすがしさと明るい希望を感じる。先生方のあふれる情熱と、生徒達の真摯に学ぶ姿勢に、感動すら覚える。日本の若者もなかなかがんばっているじゃないかと嬉しくなる。当方からの問いに対する生徒の答えは「大変っス! でも面白いっス!」
 特に、「目的を持って、自主的にやっている」ということは皆共通する感想だったが、指導する先生方はどのようにして目的意識を持たせているのか、に関心が集まった。たとえば、参加者の一人、ろう学校の教員の方からは、「生徒は、例えばキー操作の場合、商工会議所の試験に合格すると目標がなくなり、そのあとも自分を高めるという目的意識を持たせにくい」という。また、企業の方からは、「いろいろと指導しても、どうしてもやらされている感じになってしまう」との悩み。
 理容科の先生方の答えの一つは「サロン(理髪店、ヘアサロン)で通用しないよ」ということを生徒にはいつも話しているという。20分でカットできればいい、というのは学校での目標、その先にあるお客様がどう評価するかが問題だという意識を持たせるようにしているそうだ。だから、生徒も、始めは他人と競うが、そのうちに自分自身と競うようになるという。また、技術だけのことではないが、しかけをいろいろと工夫しているというお話だった。しかけとは、競いたくなる時期にオーディションを設定し、休みたくなる頃にレクレーションを入れるというようなタイミングを計ることなどである。もうひとつ、生徒に対しても、オーディションに落ちて嘆く生徒を励ましたり、受かった生徒にもっと高いレベルを要求したり、といった個別指導も意識しているとのことだ。
 ろう学校の場合は、「教員の数が多い(生徒数人に一人つく)こともあり、教えすぎてしまう傾向がある」と先生方の自戒の言葉も聞かれた。


■生徒同士での研究が活発
 業界の動向として、“店に入ったら即戦力”を強く望んでいるそうだ。たとえば、シャンプーやマッサージなどはすぐやれるようになっていてほしいなど。しかし、学校としては、姿勢・態度の育成こそ大事だという。「心が育てば技術はあとからついてくる」というわけだ。(実際、卒業生の実力には定評があり、理容店主達にも高く評価されているそうだ。)
 この日も、授業が終了してから、「自主トレ」が始まった。翌日コンテストがあるので、いつもより多いらしいが、放課後だけでなく、朝も早く登校して自主トレをやっているそうだ。「あまり早く来るな」と注意しなければならないほどだという。
 2年制になったことにより、今までは教員が先輩としての役割も兼ねていたが、生徒同士、2年生が1年生を良く面倒を見るし(自主トレなど)、1年生も2年生を信頼して従うといういい先輩後輩の関係が育っているという。先生よりうまく試験のコツを教えたりするとか。
 後日、企業の方から改めて驚きや共感などの気持ちのこもった感想をいただいた。その中に「先生方はお互い自由に言い合い、かつチームワークも良く、教育目標である『社会から求められる理容師の育成』に情熱を持って取り組んでいる」とあったが、このような先生方の役職や経験にとらわれない遠慮のない話し合い、職業人としての自信、熱心さ、といった様子や雰囲気が生徒にも受けとめられて姿勢が変わっていくのは、確かなことだろう。また、課題、目標を持たせ、どのように達成していくかについては、シミュレータ学習という自主的行動学習スタイルが大きく貢献しているということも実感した。20年前の内容がそのまま生きていることには驚いたが、コンピュータ技術を活用すること、内容の更新をすることなどにより、一層自主的学習を支援するものになるのではないかとの感を強くした。

 
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