能力開発ニュース51号2000.4.28発行
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[ 活動報告 @ ]
製造現場のリーダーを育てる短期企業内大学
  −「カルビー株式会社の生産技術研修コース」への協力

    能力開発工学センター 研究開発部長 矢口 哲郎

現場リーダーは、自然には育ってこない?
 多くの日本企業の製造現場の一線にいるリーダーは、班長、課長、マネージャなどという職名で呼ばれていますが、その立場になるまでにいろいろな経験を積んできます。製造のいろいろな工程を担当し、検査、品質管理などの部門も経験し、製品製造に関する技術、機械装置に関する技術などを日常の業務を行いながら身につけてくるのです。さらに班、チームなどと呼ばれるグループで仕事をしながら、人間関係・管理技術についても身につけて、リーダーとなっていきます。
 ところが誰もがただ毎日の仕事をしているだけでは、現場リーダーとして必要な力を全体的にバランスよく身につけることはできません。技術面では、製品が食品であれば食品化学的なことをはじめ、材料、加工に関すること、設備であれば機械や電気のことなどについて、よい仕事、経験に恵まれた場合はよいですが、企業規模が大きいような場合は、そうした良い経験に恵まれないことがあります。よい経験というのも新しい製品を製造するときや不良品が出たときや、設備の改善、故障などの場面にぶつかったときですし、そこでいろいろと勉強せざるを得なくなることなのです。
しかし、そうした経験は意図してできるものではなく、現場リーダーとしての必要な力は、仕事の中だけではなかなか育たないといってよいようです。

個人の力を伸ばしながら、技術を継承するのが企業の課題
 いま製造現場では設備の自動化、人員削減などで、これまで以上に個人の力をいかに高めるかが問題になっています。製造現場はチームを組んで仕事をするので、個人が埋没しやすいのですが、高いレベルの個々人の力の集まりで仕事をしていく時代になってきていると言えます。一層少数精鋭とでもいいますか、少ない人数で効率のよい仕事が必要とされているわけです。
 スポーツの分野ではありますが、日本サッカーが世界のサッカーのレベルに追いつくために求められている「高いレベルの個人の集まりでチームを作る」ということと同じで、これまでのように「組織だけではやって行けない製造現場」になってきていると言えるかもしれません。
 そして製造の現場、特に大きくなった企業、長く続いている企業ほど、技術継承、つまり自社の製品を作るノウハウをどのように次の世代に引き継ぐかが問題となっています。それに対して機械を使わない昔のような手作りの製法へ戻って経験させる方法を試みている企業もありますが、CADを使わず手書き製図をやらせるだけでは、技術が継承できるとは思えません。現場で本当に必要な技術、技能はどのようなもので、どのように育てるかを具体的に作っていく必要があると考えるのです。

カルビー株式会社の行う生産技術の研修コース
 そのような背景もあり、カルビー株式会社では製造現場社員に対して、将来のリーダーとなるべき人々に「短期の企業内大学ともいうべき生産技術の研修コース」を実施しています。カルビー株式会社は、ご存じのように「えびせん」「ポテトチップ」などのスナック食品やシリアル食品他、多数の食品を生産している企業です(http://www.calbee.co.jp/)。
 その研修コースは、毎年10人前後の若手社員(入社数年から10年前後の製造系社員)を全国約10工場から募って、1年間の中で月に1週間程度(正味2〜3ヶ月)の研修を行うものです。職場の了解をとって自ら応募して(費用自己負担、会社から補助有)参加する研修であり、自己意欲が重要なポイントでもあります。
 この研修は10年ちかく前から実施していて、当センターは4年前から協力するようになりました。研修コースの見直し作業、教材開発援助、研修指導を行っています。

研修コースの見直し
 当センターが協力するまでの研修は、「大学の先生、専門家を頼み、食品化学や加工、設備などの知識を与え、実習をする」といった旧来型の研修をしていましたが、それをさらに「仕事に密着したものに」「研修生が充実してできる研修にしたい」という希望を受けて、協力するに至ったのです。それまでの研修をどのように行っていたか、内容、方法、教材などを詳細に調査をするとともに、研修の目標「この研修で育てるべき人材の具体的な姿」をはっきりさせることから始めました。

知識習得という学校的教育からの脱皮 ―目標の転換、方法の転換
 多くの企業内教育(学校教育はそれが著しいが)では、どんな場面でどんな判断、どんな考え、どんな処置ができるような人を育てようとしているかを、明確にしないで教育を実施している場合が多いようです。「教育の目的が知識を習得すること」になっているからで、「知識を習得するまでが教育であり、あとはその本人が使うかどうかは本人の責任である」という考えがほとんどです。これは学校教育をマネしているのであって、知識を習得したかどうかをテストするところで、教育は終わりになっている場合が多いのです。
 実際の仕事では、ある場面であることが実際にできるようにならなければ、目的を達したことにはなりません。必要なのは「わかることではなく、できること」であり、「ただできることではなく、いろいろな場面、状況になってもできること」なのです。そうした目標を具体的に設定するところから教育を作り直し、「研修生が自ら研究を重ねていくという研修に改善する」という提案をして、受け入れられました。「知識を覚える、与えられる教育ではなく、自らつかむ、経験する教育」への転換です。

具体的課題解決へ、自ら実験、研究が研修
 研修は、「自社製品の品質を向上させ、良品製造率を高めるにはどうするか」と具体的なテーマ(課題)をもって進めるのであって、いわゆる研究といってよいでしょう。そうした全体テーマに即して「製造プロセスはどのようになっているのか」、「それを作る設備はどのようになっているのか」という要素に落として、基礎的なことから実践的なことまで、自分で実験、実習を進めるのです。
 大きくは、「食品製造技術に関する基礎から実際的な内容」と「設備技術に関する基礎から実際的な内容」を学習したのち、「自らの職場の中で研究テーマ」を見つけて、調査・分析・改善をまとめて論文にして発表を行うものです。その卒業論文を作るための研究は、数ヶ月にわたり仕事の合間をみて、上司と相談しテーマを決めて、調査(データをとる)、分析、改善や実験を重ねて自分なりの成果を出すことを求められます。まさに自らを高める作業だと言えます。

異なる経歴の研修生が経験をぶつけ合う
 入社数年と言えどもいろいろな職場を経験している社員なので、ある人は製造のある工程の仕事が詳しかったり、ある人は別な製品の研究開発部門にいたので食品化学には詳しい、といったさまざまな経験を持ち合わせていて、グループを組んでそうした異なる経験をぶつけ合いながら研究を進めるということも重要な経験なのです。

自主的グループ研修の内容と方法
生産技術研修コースの内容
 製品製造技術  PC製造技術(製造ノウハウ研究)
         えびせん製造技術(製造ノウハウ研究)
         その他製造技術
 設 備 技 術   基本(電気・シーケンスの基礎)
         実践(詳細解析、故障発見、改善)
 卒    論   研究(自職場でのテーマを研究)
         発表
 研修内容は、製品製造技術では、4週間(4回)にわたり主要な製品について、手作り(材料調べ、加工)実験?をしながら製造ノウハウを探究していく研修です。「どうしてこのような加工をするのか?」「どうしてこの温度にするのか?」といった課題で、製造の基本的技術の定性的な面、そしてその品質をあげるための定性的な面を研究するのです。

 基礎的な内容は、できるだけ自主的な研修ができるように、グループで進めるための「プログラムテキスト」を開発し、研究する課題、製品の手作りの方法やそこでの実験の内容を指示するものになっています。
 設備技術に関しては3週間にわたり、電気の基本的なことからPC(プログラマブルコントローラ)による制御を行う「電気・シーケンス制御の基礎」の研修、さらに「設備の実践的研修」は現場設備の休止のタイミングをみて、装置の詳細解析、故障発見練習、改善トレーニングなどを行っています。(基礎部分の教材は当センター開発の教材利用)


設備技術の基礎研修(シーケンス制御)


設備技術の実践研修(包装工程装置解析)



 担当者によれば、「経営環境、製造環境が以前に比べ厳しくなってきているにも関わらず、応募がスムーズになっている」ということなので、研修生および研修生を送り出す職場に研修に対する理解が広まってきていると感じています。


 
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