能力開発ニュース51号2000.4.28発行
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[ 活動報告 A]

自動車教習指導員研修 (コヤマドライビングスクール)への協力

   ―教習生はなぜ失敗するのか、どう指導すればよいか

     能力開発工学センター 研究開発部長 矢口 哲郎

「学習者の行動を見るレーニング」が行われていない?
 企業や学校、その他教育訓練機関などで人を育てることを職業としている人、いわゆる指導者、指導員、教員に対する「学習をする人の行動を見るトレーニング」は、思ったほど行われていません。
 指導者の関心は、「どんな内容を教えるか」「どんな順序で、どのように説明するか」そして「どんなテストをするか」がほとんどで、もっとも重要であるはずの「学習者を見る」ということが、おろそかにされていると言えます。
 特に「学習者がなぜつまずくのか」、「なぜできないのか」、「なぜ失敗するのか」といったことを追求するようなことがされていません。学習者に対して「もの覚えがわるいから」、「生まれつきだから」、「性格だから」、「知らないから」だという程度でしか考えていないのです。

自動車運転教習の指導でも
 自動車運転教習は、指導員がマンツーマンで毎時間変わる教習生に適切な指導を行なわねばならず、指導力の差が表れやすい教育です。しかし指導員は、学習者(教習生)に対する指導の方法を、ほとんど独力で経験を重ねて身につけているのが現状です。
 一般的に「まず説明して、やって見せて、やらせて、できなければ、なんども繰り返してやらせる」というようなやり方ですが、指導員も自分の指導に自信をもっている人ばかりではなく、「もの覚えの悪い人」や「カンの悪い人」に対してはどうすればよいのかなど、不安をもちながら指導をしている人も少なくありません。指導員に聞いてみると、「わかりやすく」、「丁寧に」、「相手に合わせて」指導しているつもりですが、その実態は‥‥

コヤマドライビングスクールの指導員研修
 コヤマドライビングスクールは、東京と神奈川に4つ(二子玉川、石神井、秋津、綱島)の教習所を持つ大きな自動車運転教習所企業で(http://www.koyama.co.jp/)、当センターが20数年前に研究開発した「自動車運転訓練システム」に接して以来、教材開発、指導員研修に力を入れている先進的な教習所です。以前から指導員のレベルアップを考え研修を行ってきましたが、指導員の入れ替わり、女性指導員の増加などで、研修内容をリニューアルして行うことになり、当センターが協力することになったのです。

3日間の指導員研修の中核は、「教習生の行動を見ること」
自動車運転教習指導員研修の内容
  1. 人間の行動、学習とはどういうものか?
  2. 自分はどのような指導(教習)をしているか?
  3. 行動を分析するとはどういうことか?
  4. 運転行動の分析
  5. 分析結果から指導を考える

 
 研修は普通車、大型車、二輪車などの教習をしている指導員が、3人1グループとなって、3〜4グループ集まって、こちらが用意したビデオ映像、OHPなどを材料にディスカッション、作業をしていきます。
 研修を受ける人は、指導員になりたての人から10年以上指導員をしている人まで。普段あまり互いの教習の仕方を問題にしてつっこんで話し合うことはないようで、話し合いが白熱するまでに時間はかかります。

「人間の行動、学習とはどういうものか」を考えるところから
 教育に関わる人でも、そもそも「人間はどのようにして物、技術、技能を覚えて、行動するのか?」ということは、あまり深く考えたことがありません。
 しかし、自分がどうしてできるのかが分析できないと、できない人に教えることはできないのです。研修は、人間の行動・学習について考えていくところから始まります。
 例えばその内容は‥‥
  ・人間は、たえず五感を働かせながら行動している。五感が脳につながってさまざまな状況に対応した行動をするというすばらしい脳の働きがある。経験によって行動できる脳が作られていくという、人間の行動・学習の本質へ触れる。
  ・言葉で説明することで、どこまで相手が変わるか、できるようになるか? 具体例で考えてみる。言葉の限界?を知らない人は多い。言葉とはどのようにして身につけるものか? それがわかると、説明ばかりしていた人もしなくなる。
 このようなことから始まる3日間です。


グループで分析カードをとっているところ

行動を分析する練習 −日常行動から運転行動へ

 人間の行動を脳の働きとしてみることが、行動の分析なのですが、少し練習が必要です。日常的な行動から練習をしてみると、だんだん行動が見えるようになってくるのです。
 指導員にとって、何気なく左折してしまっているが、その行動を詳しく分析してみると、経験によって、出来ない人にはない実に様々な感覚(脳の働き)をもっていることに気づくのです。意識せずにやっていることを調べるのであって、「思っていること」「考えていること」を調べるのとは違うことにとまどいがあります。それらの感覚は、経験によって脳にできているのです。


場内コースで検討しあっているところ


人間の脳の働きをベースに指導を見直してみると
 教習では、「交差点を曲がるときに、この柱がこの位置に見えたらハンドルをきる」といったように指導するやり方を「目印教習」といって応用がきかない力を育てることになることは、広く知られています。教習所内でできても外へ行くとできなくなる問題で、これは試験のための勉強とイコールです。早く教習を進めて免許がほしい教習生からは、要求されることが多い?そうですが、こうした暗記の指導から、やり方、結果を与えず、自分でやってみて悟るような場を作る、極端に言うと失敗させるような場を作り、そこへ入れて経験をさせてあげることをするのが、本当の教習、教育であると考えられるように変わってくるのです。
つまずく、失敗する教習生の行動を分析して、即座にどのような感覚(経験によるもの)が足りないかを分析し、その場でその感覚を経験をする場をつくり、その行動へ学習者を導くことができるようになるのが、本当の指導だと感じるようになってきます。

研修を受けた指導員の感想は?
 ・今回の研修で一番の発見は、「車の運転は脳の働きで行われ、それは記憶したことでないと出来ない」ということだった。「運転」というものは、すごく神経を使うこと…と漠然と考えていたが、それを分析してみると、多種多様な情報を短時間で処理していることに驚いた。
 ・「記憶」=「神経回路ができること」であり、神経回路が無い教習生に言葉だけで説明してもなかなか難しい(というかほとんど伝わらない)ことに気づかされた。これを強引に行おうとすると
   @言われている側(教習生)は、どうしていいか想像できない。(自分なりの想像・行動をとる)
   Aうまくいかない。こちらが期待している動きにならない。
   Bお互いに「なぜ出来ないのだろう‥‥」と気まずくなる
という最悪のパターンに陥る可能性がある。
 ・この研修後の自分の教習は以前の教習と違う様な気がします。それは「何でこの人は今失敗したのだろう」そして「どんなアドバイスと経験をさせればこの人が『これでいいんだ』と喜びを感じてくれるか」を考えて教習しているということです。そして「この時間は次のまたその次の時間に役立つんだ。」これが段階をわけてやることの意味なのかなという気がします。
 ・ この研修は、指導員の資格を取った時にやるべきだと思います。それに研修を受けないで今まで指導していたことが恥ずかしく思いますし、教習生にも少し申し訳なく思いました
 ・ 私自身、最近になって出来ない教習生に対して「どうして何度も言ってもわからないのか?」という疑問を持つことが多かった。今回の研修に参加して、行動を細かく分析してみて、私自身が疑問に思っていたことが解消されたような気がした。指導員になったばかりの頃は、自分自身も指導に必死で、教習生に対して「出来なくて当たり前」という気持ちで教習していたが、最近は指導に余裕が出てきたせいもあり、そんなことを思うようになってしまったという反省もさせられた。

日常の指導に簡単には活かせないが?
 指導の研修を受けても、日常の教習にはそう簡単に活かせないものです。しかし結果を与えるような指導から、経験をさせる場を作る指導に変えることは、少しずつ変えてみることはできるようになります。やってみて教習生がどう反応するかを見ていくことを続ける必要があるのです。そうした指導の研究は、仲間を作ってやっていくことが重要で、そうした機会がないと研修も活きません。
 「教えすぎが問題」だと言われ、「教えない教育」、「自分でつかませる教育」、「考えさせる教育」などが自動車教習でも考えられていく必要がありますが、その前提として指導者に「人間の行動を見る力」が備わっていることが最低条件ではないでしょうか。


 
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